ラーメン八寒地獄巡り:其の捌
死に至る病
君は
「ほたる」を知っているか?
それは「宇宙一辛い味噌ラーメン」。
その辛さにはレベルがあり「レベル10」の完食者は、これまでにたった2人。
ひとりは現役激辛王。もうひとりは。
インド人。
時折やってくる挑戦者は、ほぼ例外なく、1口か2口でギブアップする。
そんな激辛最強伝説に名を刻む、恐るべきラーメンである。
その辛さの軸となっているのは、激辛唐辛子として有名なハバネロ。
ここで少しお勉強。
辛さの単位に「スコヴィル」というのがある。
ハラペーニョ:2,500スコヴィル。
タバスコ :30,000スコヴィル。
ハバネロ :300,000スコヴィル。
ハバネロはタバスコの10倍、ハラペーニョの120倍辛いのだ。
「ほたる」には、そのハバネロがスープにも麺にもガッツリ入っている。
今回はハバネロに始まり、ハバネロに終わるか。
地獄巡りを締めくくるのに相応しいラーメンじゃないか。
…よし! 俺の肛門、くれてやる!!
「うえだ」から帰宅後、仕事をして疲れたので横になっていたら
思わず眠っていた。
もしかすると、無意識で拒絶していたのかもしれない。
家を出る前、胃壁を守るべくヨーグルトドリンクをごくごく。
初台駅で下車、シャッターの下りた「嵯哉」を通り過ぎ、歩くこと数分。
いよいよ最後の闘技場に到着した…。
厨房には、いかにも屈強そうなご主人に、優し気な奥様。
カウンターの左隅には常連さんらしき一団がご主人と談笑中。
わたしは右隅に座り、メニューをチラリ。
「ほたる」には、覚悟を促すドクロマーク。
水を持ってきた奥様にオーダーする。
「ほたる…のレベル10が食べたいんですが……」
そんなわたしに、奥様は薄く微笑んだ。
「レベル10はお出しできないんですよ」
大丈夫ですか?と訊かれることはあるが、止められたのは初めてだ。
色々と交渉してみたが、どうしても無理とのこと。
どうやら、何度もお店に来ている猛者にしか許可していないようである。
初心者に提供できるのは「レベル5」までなんだとか。
「じゃあレベル5をお願いします」
わかると思うけど、気持ち的にちょっと不満だった。
完食できないまでも、味わってみたかったのだ。レベル10を。
この店でいう「レベル」。
それは1つ上がると、生のハバネロが5グラム追加される。
つまりレベル5には25グラム入っている。
「味源」でハバネロの恐ろしさは味わったものの、
25グラムがどういうことか、よくわからない。
目の前で火が点され、不気味に青い炎をゆらめかせて、ほたるが運ばれた。
(写真では見えませんが、チャーシューの辺りに火がついています)

ほたる(レベル5)1,490円
(元の価格は1050円。レベル1につき110円増し)
この姿…。
麺の量は通常の1.5倍。ドンブリもでかい。
辛さだけじゃなく量も敵となる。辛さとは積み重なっていくものだからだ。
黒い油はなんなのでしょう? マー油…じゃないよね。焦がしラード?
まずはスープを一口。
あ、和風ダシですね。これなら意外といけるんじゃ…
…いやいや、「こうや」の極辣麺(カライカライそば)の例もあるから……
…うッ!!!
早くも襲ってきた。舌を穿孔するような、激烈な辛さ。
ポテンシャルをハッキリ浮かび上がらせるようなその刺激に、
わたしは思わず身震いした。
もうすでに、これまで食べてきた激辛ラーメンをすべて超越しているのが
ありありとしているのだから。
め、麺にいこう。細麺だからノンビリしているとノビちゃうぞ…。
口も麻痺しちゃうから…そう思って、何口か啜る。
すると、口ではない場所から思わぬ攻撃を喰らった。
ドーン!!
胃に来たと思うでしょう?
違います。
いきなり「胸」に突き上げました。
胸が爆発しそうです。きっとそれは食道の周り。
激震孔(@北斗の拳)を突かれたような…「ばっう!」です。
ということはもちろん胃だって相当に危険な状態。
胃に入れたガソリンが発火し、立ちのぼった炎が胸を焼いている、そんな感覚。
ヨーグルトドリンクは効いてないのか!?
胸が破裂しそうに熱いって感覚、わかりますか?
…とっても怖いんです。
わたしに少しでも常識があれば、ここでやめるべきだったでしょう。
でもわたしは残念ながらバカなのでした。
「口は痛い、体は熱い、でもラーメンはうまいぞ〜!」
必死にセルフマインドコントロールを施そうとしますが、
体内に点された炎は消せません。
ともかく、ビビってのろのろしていたら、ますます道は険しくなる。
麺を通常量持ち上げて啜り込みます。
赤唐辛子のように咽せたりはしませんが、口中が一気に痛くなります。
汗なんか、とうに流れてボタボタ。鼻水もズルズル。
それどころか、涙が溢れて視界が歪んでいます。
そして、そんなことがどうでもいいくらい、体が燃えている。
なんでもいい、箸を止めてはいけない。
それにしてもなんでしょうか、この独得の風味。
スープに個性的な甘さがあるんですよね…。
この油の味なんでしょうか。それとも辛さによる反応なんでしょうか。
頭の中に浮かぶそんな疑問も、現実逃避の一環に他なりません。
食べる工程としては、
1) 麺を飲み込んで、
2) 舐めるように、僅かな水で口を潤します。
スープも同時進行しようとしましたが、どうもいけません。
辛さが複合的に襲うので、何もかもが止まってしまいそうなのです。
麺、麺、麺、スープ、くらいの割合で進みます。
一度に啜れる麺の量は徐々に少なくなっていきますが、
どうにか、麺が半分くらいなくなりました。
見てください。麺にからみつくこの赤い物体。
これ、刻んだ生のハバネロです。
3、4口くらい食べては、ティッシュで汗と鼻水と涙を拭います。
この頃になると、グラスを持つ手もブルブル震えて、
両手で押さえながら飲んでいました。
隣でビールを飲んでいたお兄さんが、いつの間にやら「ほたる」を
召し上がっています。
ところが汗も流さず、顔を赤らめもせず、スルスルと食べているではないか。
ああ…それはレベル1だろう?
レベル1であってくれ。
同じレベル5をその調子で隣で食われたら、心が折れてしまう…。
それにしても何故だ、何故甘い。
麺も、チャーシューも、まるで砂糖漬けのように甘く感じる!
おかしい、麺にもハバネロペーストが練り込んであるはずだが…。
この尋常でない辛さが錯覚させているのか…。
いつもの「旨辛分離」とは全然違う。
甘いと感じつつも、辛さ、熱さ、痛みはまったく衰えない。
麺を食い、爛れたように痛い口にグラスを運ぶ。
だが水を飲むわけではない。唇と舌を冷やすためだ。
恥ずかしげもなく、口を付けたグラスに舌を入れ、水に浸す。
口の周りもかなり痛い。冷却して痛みを和らげる。
さもないと口を開けるのも容易ではないのだ。
そんな風に食べ進み、麺はあと少し。レンゲ2杯分くらいだ。
通常のラーメンなら一気に全部啜れる量。
でもわたしの手はまったく動かない。心の中では、
「行け!、いや、待て!」
その繰り返し。
麺を睨みながら深呼吸…。
ほんの一口ずつ、そ〜っと口中へ運ぶ。
おかしいな、顔中がヒリヒリする…ムヒ塗ったっけ?
あれ、おでこがビリビリする…擦り傷なんかあったっけ?
本当に痛いんだ。顔全体が。
皮膚がずる剥け、その状態で風呂に入っているかのように…。
最後の麺を口に入れ、モヤシ、メンマなどを拾って食う。
とうとうスープだけになった。
しかし地獄はまだまだ続く。
「レベル10」が認定されるには、スープまで飲むことが義務づけられる。
レベル5とて、それは同じだろう。
つまり「汁 完 」である。
…オレの胃袋、どんだけデカいんだ?
そう感じるくらい、胃だけに留まらず、ボディ全体から発熱を感じる。
それどころか、二の腕や背筋までが痛い。
腕をさすり、背中を指圧する。
内臓を越え、細胞レベルで辛さが充満しているのか…。
胃を通過した血液が、熱く滾ったまま全身を駆け巡っているのだろうか…。
この赤い悪魔たちが、体内を食い荒らしているかのようだ。
汗をかいているのに、同時に猛烈な寒気が襲ってくる。
骨を締め付けるような痛み。
スープは一向に減る様子がない。
負けるな俺、なんで「負けるな」なのかわからないが、きっと越えられる!
レンゲで一気に1杯、2杯、3杯!
それだけ飲むと、猛烈な熱さが胸にこみ上げてきて、レンゲが止まる。
水をチビチビ補給し、胸の熱が収まるまで(2〜3分)耐える。
それを何度繰り返したろう…。
もうやめようか…何度も頭をよぎる。
残ったスープは、深さ1センチくらい。
普通のラーメンなら、ゴクゴクゴクで一気に飲める量。
それを前にして、手は動かない。胸の熱さが全然去らない。
このスープを残してしまったら、人はこう言うだろう。
「なんで? もうちょっとだったんでしょ」
バカを言うな。
そんなレベルじゃない。
登れば登るほど高く聳えていく山。
斬れば斬るほど鋭さを増す刃。
体感する辛さは、はじめの頃の10倍くらいだ。
ゆっくりでいい、ゆっくりいこう。
そう言い聞かせるも、その「ゆっくり」すら無謀な挑戦に思える。
去らない痛みに耐えながらグラスに水を注ぐ。
常連さんとご主人の語らいテーマが、「DV:ドメスティックバイオレンス」
に移行。や、やめてくれ。こんなに苦しいのに「痛い」話は!!
もうほんの僅かなのに、そのままいけない。
頭がクラクラする。目がチカチカする。
左肘でふんばらないと椅子から転げ落ちてしまいそうだ…。
スープをちょっとだけ含む。
「辛み・甘味」だったスープが、量が減って一気に冷えると
「苦味・塩味」に変化していた。不思議なものである。
…よし、これで最後。
見てくれこの粒。ハバネロの種だ。
うう…残さぬ。意地でも残してたまるか!
残しておいたナルトで掻き取ってくれる!!
赤いハバネロとその黄色い種。
くそう、噛み締めてやるわ! ガリ! ガリ! ガリ!!
これでどうだ!!
青木 健史上、最も困難を極めた、汁 完 だ。
よし、これで思いっきり水が飲めるぞ。
ゴクゴクゴク…。
こうして、約1時間の激闘が終了。
ほんの少し、このまま休ませてください…。
本当に、本当にキツかった…。
正直、スープが全部タバスコの方が、まだ楽なんじゃないかってくらい。
ゆっくり立ち上がり、お会計。
わたしは店主の奥様に、
「どうもご馳走様でした。レベル5で止めてもらってよかったです…」
「気が向いたらまた…」
「いえ、これはもうわたしの生涯限界値だと思います…」
「…まあ、それ以上食べるのは、本当に凄い人たちですからね」
「
とんがらしさんのブログ見てるんですけど、皆さん凄いですよね…」
「あ、そうそう。あの方たちは別格ですからね」
そう言うと奥様は傍らの写真を指し示し、
「とくにこの方、SHINOBUさん」
見れば、岡田将生みたいなイケメンさん。
この方が噂の激辛王・SHINOBUさんなのか…。
「彼はもうレベル15を完食してるんですけど、今
レベル20に挑戦中なんです。
ほとんど食べちゃうんですけど、スープまでは飲み切れてないんですよ。
この方とかはもう別次元ですね」
それを聞けて良かった。もう戦闘意欲のカケラも粉砕されました。
「ホ、ホントですね…。明日はおとなしくしてます…」
「乳製品とるといいですよ」
「はい、そうします…」
「お大事に〜」
ラーメン屋さんで「お大事に」と言われたのは初めてだな…と
思いながら店を出る。
胸の熱さは去らない。
まっすぐに立って歩けない。何度も立ち止まって深呼吸。
膝に手をついて、呼吸を整える。
おかしい………
と思っていたら、口の中に酸っぱい液がぶくぶく溢れてくる。
こ、これは……
…待て、待つんだ、ジョー!!
慌てて駅のトイレに駆け込む。
扉を締める間もなく、一気にオートリバース。
ざぱー
とっても自然。吐く苦しみすらない。
たぶん、わたしの全身が(脳よりも前に)生命の危機を感知、
拒否反応を示して的確な生理現象を促したのでしょう…。
(お食事中の方、ごめんなさい…)
痛覚を麻痺させていたアドレナリンが切れ、正しい身体機能を
取り戻しただけ、かもしれない。
ともかく、あんなに熱く痛かった胸・腹は、嘘のように鎮まった。
それでも油断は出来ない。相当なダメージを喰らっているはずだ。
コンビニでヨーグルトドリンク(500mlパック)を買い、ゆっくり飲む。
初台から新宿までは、歩くことにした。
コンビニに寄るたびにヨーグルトドリンクを補給するためだ。
この寒夜。冷たいドリンクをパックで飲んでいる奴なんてひとりもいない。
でも体が欲している。寒いのに熱くて、そして寒い。
どうにか無事に帰宅。寝る前にもたくさん飲んで横になる。
テレビをつけたまま眠ってしまい、翌朝にもヨーグルトドリンクを飲んだ。
かくしてわたしの「八熱地獄&八寒地獄」は終わりました。
今はどうにか平静を取り戻しています。
こうして思い出して文章を打つだけで、あの「身も凍るような熱さ」が
まざまざと蘇り、ゾっとします。
「ほたる」を「激辛ラーメン」なんて言っちゃダメです。
そんな甘いもんじゃないです。
他のものと次元が違い過ぎます。
冷やかしなら絶対に止めてください。
危険だと思ったら潔く箸を止めてください。
恥ずかしいことじゃない。むしろ立派です。
正直、生まれて初めて(食べものによって)
生命の危機を感じました。
本当に「死ぬかと思った」んですよ。
それくらい恐ろしい代物です。宇宙一とはよく言ったものです。
一生の記念になりました。
もうこれを越える辛いものを食べようなんて絶対に思いません。
もし次に「ほたる」を食べるとしてもレベル1にします。
いえ、食べることがあったとしたなら…ですが。
これでわたしが激辛民族じゃないということが証明されました。
良かった良かった。
以上、長々と読んでいただいてありがとうございました。
激辛、バンザイ!